~御鎮座二千年の越中一宮~
高瀬神社は心の拠り所として 人々の幸せを一途に見守ってきました

境内のご案内

御本殿(御社殿)

 御社殿は国費をもって昭和17より数ヶ年の計画で建てなおしされる予定で工事が始まりましたが、基礎工事が終了した昭和20年8月終戦を迎え、GHQ(極東軍司令部)の指令によって国費による建立が中止となりました。
 往古の面影は消滅し、参拝する人の数は皆無といった状況でしたが、地方の崇敬者有志の方々が多額の浄財や樹齢数百年の銘木を寄進され、多くの方々の社殿建立の情熱にささえられて、昭和22年に御本殿(流造)、翌年に拝殿(入母屋造)、更に昭和62年に唐破風の向拝殿が完成し、鎮座2,000年の歴史を偲ぶ御社殿の完全な竣功を見るにいたりました。

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功霊殿

 御殿に隣接する功霊殿は日清・日露戦争から大東亜戦争まで、砺波地区から出征された護国の英霊と、当地方開拓の功労者あわせて6,400余柱をお祀りしています。
 功霊殿本殿は当神社の旧本殿で、天保7年に建立された井波彫刻の粋を尽したものです。また、文化財の指定を受けています。

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高瀬稲荷社

 高瀬稲荷社は、古来より人々の信仰厚い伏見稲荷大社の御分霊を奉戴したお社で、五穀豊穣・商売繁盛の神様として崇敬されるお稲荷さんです。

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なでうさぎ

 御祭神の大国主命(大国様)は、神話「因幡の白うさぎ」において、過ちを犯し体に傷を負った「うさぎ」のケガを癒され、悪しき心をも改心されたと記述されております。
 この神話に因み、大国主命(大国様)の御神徳を広くご参拝の方々にお受けいただきたいと願い、御神前に置かれました。ご自分の癒してもらいたい部位と同じ所を祈念しながら撫でて、広大無辺なる大神様の御加護をいただきましょう。

 なでうさぎ像製作者 田畑 功 氏(日展作家)
 題字揮毫       綿貫 民輔 氏(神社本庁長老)

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さざれ石

 国歌「君が代」に歌われる「さざれ石」とは、細かい石・小石という意味です。小さい石が長い年月を経て行く中で大きな巌となる様子から、子宝の石とも呼ばれております。

 「君が代」
  君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

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茶筅塚

 この茶筅塚は、使えなくなった茶筌への感謝と茶道の発展・普及を願い建立されました。
 当神社では毎年献茶祭が斎行され、茶道上達の願いを込め、多くのお参りがあります。

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手水舎

 昭和45年に伊勢の神宮より御下付され、外宮から移築されたものです。中にある水蜂は、新潟県只見川上流から運ばれた自然石でつくられた「洗心」の禊場であります。石の裏には「水神」の文字が刻まれております。

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宝物殿

 昭和天皇御在位60年奉祝事業のひとつとして、故・岩川毅氏の御寄進により昭和59年11月に竣功しました。古来より伝わる御神宝・装束類が収蔵されています。

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大鳥居

 昭和60年、昭和天皇御在位60年を奉祝して、故・西田東作氏(株式会社ゴールドウィン創業者)の御寄進により参道に建立されました。大鳥居の中には奉写された大祓詞が収められており、鳥居をくぐる人の罪・穢を祓い清められます。

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