神のまにまに

第四回 : うぶすなの四季 神様とまつりの話

命のむすび 鎮火祭(二~三月)

昔は二月から三月にかけては火事がいちばん多かったといいますが、今も約五十ある氏神の半数近くで火祭り(鎮火祭)が行われます。

火の神・火産霊神(ほむすびのかみ)を迎えてお祭りをしますが、この神様が生まれるとき伊奘冉尊の陰部が焼け、それが原因で母神は亡くなってしまいます。そこでこの神を祀るときは、庭で火を焚いて瓠(ひさご)の水と粘土を掛け、川菜(芹など水に生える草)を上に置くことになっています。

火産霊神の「むす」というのは「生む(産む)す」が縮まった言葉で、作ること、生まれることをいいます。「苔むす」「草むす」のように「生える」という意味にもなります。「び」は奈良時代は「ひ」と澄んで発音したそうで、「たましひ」の「ひ」と同じように霊や魂を表しています。

どこの神社にも鏡がありますが、「かがみ」は「かんがみる(鑑みる)」から来た言葉です。神道というのは祖先崇拝教とも言えますが、天照大神が鏡をお出しになって、この鏡を見るときにはわが御霊(みたま)と思え・・・・とおっしゃったように、鏡に映る顔は現在の自分の顔であり、過去における親の顔であり、同時に、未来の子供の顔なのです。

神道学者の石井寿夫(よしお)先生に
”髭剃ろと鏡に映すわが顔の
 此頃とみに父に似にけり母に似にけり
 かくまでも似ねばならぬか亡き父の彼岸参りの髭剃りの顔”
 という歌があります。

父親の先祖を尋ねていくと約三十万人、母親の方にも三十万人、計六十万人の魂がおられるといいます。自分の体の中には、その六十万人の血が流れているのです。それなのに、自分の力だけで生きていると思うのは思い上がりというものでしょう。

氏神というのは氏の親神、その子供だから氏子といいます。氏神には神饌(しんせん)を差し上げますが、これは全部、生のものです。魚、野菜、果物、肉、卵・・・・全てのものが生きています。生きたものの命を取って、親からもらった肉体が消化して自分の命をつないでいる。これが「むすび」です。

親からいただいた自分の命は子孫に継承していかなくてはならない。そのために生きたものの命を奪ってみずからの命をつないでいく。むすんでいく。だから、男女が結婚することが「むすび」であり、できた子供は「むすこ」「むすめ」というわけです。握り飯を「むすび」というのも、ご飯を掌でぎゅっと握ることによって新しい生命力が結ばれ、それを食べてまた、肉体に新たな魂が宿るのです。

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